
博士課程に特有な経験が中等教育にどう生かされ, どのような知識や技能が博士号取得者に新たに必要とされるのかを議論したい.
実際には個人差に大きく左右される問題である.
このブログでは, 博士課程における共通の経験と中等教育での主たる仕事の要素を比較する.
ただし, 本稿(このブログ)では学士課程(大学)や修士課程をも踏まえた特性を考えるのではなく, 博士課程にのみ依存する特性を議論することを試みる.
大学(院)は教育と研究の場であり, 特に博士課程にのみ依存する特性とは研究経験の蓄積である.
このブログでは, 博士号取得者の特性は一人前の研究活動ができることと主張したい.
博士課程での経験とスキル
博士課程での研究活動経験として, 研究, 論文作成, 研究集会への参加を挙げる.
研究活動を通して得る知識や技能として, 次を挙げる;
- 批判的思考力
- 論理的思考力
- 問題解決能力
- 研究内容自体への理解(深い専門性)
同じく習得する技能として,(学会発表や論文における)プレゼンテーション力を挙げる.
また理学に精通しているという観点から, 科学(理科)や数学という学問自体への理解, 科学や数学的精神(考え方)への理解, もしくは体験があると言える.
中高現場で必要な知識とスキル
中等教育では教科の専門性と教職の専門性が必要である.
基本的な要素として, 次を挙げる;
- 教科指導
- 特別活動指導
- 生徒指導や進路指導(生徒理解)
- 学校運営、校務分掌
- 研究・研修
のちの議論のために, 教科指導における「よい授業を成立させるための要素」として, 指導観, 教材観, 生徒観を挙げておく.
以上で掲げた要素を比較して, 博士号教員が中等教育に対して持つ強みと不足している知識や技能を今後(のブログも含めて)列挙していきたい.
特に, 中学や高校での通常の授業に関する強みや不足している知識や技能に関する議論を行いたい.
学士過程(大学)での深い知識理解
中高教員の"学士課程"における知識の深い理解が重要であることは明白な事実として共通認識として理解したい.
例えば, 数学の「極限」という概念を考える.
高校で履修する極限の直感的な理解を知る以上に, 大学で学ぶ極限の厳密な定義を理解した者では, 極限に感する理解の深さが違う.
極限は, 素朴な所では, 有理数から実数を構成(定義)すること, 微分・積分を定義することに必要不可欠な存在である。
つまり, 極限が数学という学問の中で, どのような位置付けであるかを知っているか否かという違いが挙がる.
それ故に, 教科指導の際により深く教授することが可能となるだろう.
言い換えれば, より深く指導をすることが望まれる.
博士の知識vs学士や中高の知識
博士課程での深い専門理解が中学や高校での教科指導単元の理解の深さとは, すぐに結びつかないことにも注意すべきである.
I章で言及したように, 博士課程は研究機関としての活動が主であり, 中学や高校の教科単元の奥深い理解につながる教養的側面を学ぶ機会はそれほど多くない.
つまり, 既存の知識への理解を深めることに重きを置く訳ではなく, 既存の知識を応用して新しい知見を得ることが課題である.
さらに研究で得る知識は(狭い)専門的な内容であり, 博士号取得者が中学や高校の教科単元の広範な内容全てに対して深い専門性を所持しているとは言えない.
この点は, 博士号取得者が持たれる一般的なイメージと大きくかけ離れている特性であると想像する. 博士号取得者の理解の阻害の一つの原因であると私は考えている.
修士課程と博士課程の違い
全ての中高教員は大学を卒業しており, 大学内容の理解の深さは博士号取得者としての強みではない.
もちろん, 大学院での勉強やティーチングアシスタントなどの経験により, 学士課程のときよりも大学内容の知識の理解が深まるということはある.
多くの時間を大学の教科書の内容に費やし, その知識を指導する経験をした者としての特性は, 修士課程修了者として特徴づけることが良いと感じる.
「大学での知識の理解が深いから中学や高校の教科単元をより詳細に教えることができる!」という主張は, 博士号過程修了者ではなく, むしろ修士課程修了者の特性として挙げた方が良いだろう.
修士課程と博士課程の差異を明確に見出すことは難しいが, 博士課程での特性として, 研究活動を一人前に行うことができるための鍛錬や経験を蓄積することとしておく.
博士号取得者の特性とは何か?
今回議論した内容から, 『博士号取得者の特性・特有の経験』とは, まさしく
一人前の研究者としての認定を与えられていること
と位置付けても良さそうだ.
したがって, 私たちが考えている主題(博士号取得者の中高教員へのキャリアパス)は
『(理学)研究者の特性が中高教員としての教育活動にいかに貢献されるか』
という問題に言い換えられることができる.