
博士課程での経験があれば満足されているように予想されるが,中等教育における教科指導についての努力すべき事項を議論する.
そして, 中等教育に必要な教科指導以外の努力事項を述べる.
これは中等教育の教員としての初任者が身につけるべき知識・技能・経験を修めることと同様であると言ってもよい.
つまり, 博士号取得者であっても一般的な教員初任者と同様に全ての必要な経験を積む必要がある, と結論する.
最後に, 専門性を生かす, という観点から自己分析の必要性に言及する.
以上の事柄を検討することが, 博士課程という研究職から中高教員という教職者へ適切なキャリアパスを達成するための最低限の項目であると考える.
教科指導への努力事項
中等教育での通常の授業を成立させるために博士号教員に必要であるべき事柄を教材観・指導観・ 生徒観の立場から議論する.
教材観から
教材観を考える.
博士課程までの知識があれば教材への理解(教材を適切に理解している)は充分に満足されているように感じる.
しかし, 博士号取得者の教科への専門性は深く狭いものであることに注意する.
つまり, 博士号取得者であろうが中学や高校の教科指導単元全体への深い理解もしくは最新の知を所有しているわけではない.
その意味で, 中学や高校の教科単元の教材研究をすることが必要である.
より一般的に言えば, 中学や高校で実施されている教科指導をよく知る必要がある.
例えば, 以下が必要であろう;
- 生徒が分かる用語の選択
- 指導単元および小中高の知識体系の繋がりや積み重ねへの理解
- (高大接続のための知識体系への理解)
- 学習指導要領への理解
- 生徒の進学に伴う受験という壁を越えるための教材理解
指導観から
次に, 指導観への努力事項を考える.
博士課程での経験から教授内容の段取り作りには強みを見出すことが できる.(V章で述べる. )
しかし, 博士号教員にとっては(博士号教員だからこそ), 一コマの授業の構成(授業の段取り)作りは新たに考慮すべき事項であるだろう.
つまり, 中等教育の授業を有意義に行う為には「生徒に活動させる」という時間を設けることが大切であり, 生徒に伝える時間のみでは良い授業とは言えない.
生徒に活動させる内容には,
- ノートを取らせる時間や考えさせる時間
- 問題を解かせる時間
などがあって、これらを組み合わせるリズムのようなものが必要である。
研究者にはないリズムを博士号教員は新たに身につける必要がある.
さらに生徒全体へ指導することと個別に指導することの両立を考慮することも必要となる.
生徒観から
最後に生徒観への努力事項を述べる.
生徒の立場に立った上での説明をする必要があることである(III章を参照).
相手のペースに合わせて説明を進めることは博士課程での経験からは特に縁遠いことだと思われる.
研究は, 自分の視点で物事を深める側面が大きい. 知識について未学者と見ている世界の異なりが大きすぎるかもしれない.
教員として, 生徒理解が, かなり重要となるが, 生徒たちをよく観察し, 中学生や高校生がどのような生態をしているのかを知っていく必要がある.
以上で列挙した事柄は, 中等教育での教科指導に必要な要素の一握りでしかない.
教職の専門性の重要性を知り, 教科指導に応用していく認識が必要となると結論する.
教科指導以外への不足事項
初任者の博士号教員であろうが, 中等教育での特別活動, 生徒指導・進路指導, 学校運営についての経験を新たに身につけていく必要が有る, と考えられる.
これらの仕事ができるかどうかとと博士課程での経験の関連は個人差に左右される問題が大きい.
ただ, 直接の結びつきは無いと想像されるので, 謙虚に身につけるべき必要のある事柄である.
以上より, 博士号取得者であろうが, 教科指導以外の仕事については中高教員初任者と同等の知識や技能を新たに身に付けていくべきだと結論する.
自己分析の必要性
博士号取得者の中等教育へのキャリアパスはいわゆるポスドク問題と共通の問題があるように考える.
ポスドク問題では, 博士号取得者が自身の専門分野での研究で得た技能や経験を他分野や異なる職種に生かしきれ ないことが一つの原因と考える(例えば, [6]を参照).
博士号取得者の中等教育へのキャリアパスでも同様に,
- 博士課程での知識・技能・経験を博士号取得者自身が自己分析すること
- 「中高教員の仕事として何が不足しており, 中等教育への強みとして何を所持しており, どう中等教育に応用できるのか」を分析すること
が必要である.
自己分析を行うことは教員就職後にも必要であろう.
一般の教員と(博士号取得者である)教員の何が違い, 何ができるのかを分析し発信できることが大切である.
己を知らなければ, 他者に理解してもらうことは困難である.
特に, 博士課程での経験という一般的に認識されていないことは他者に理解してもらえない.
自然と了承されることを待つのではなく, 積極的に発信していく必要がある.