なぜ数学を勉強するのでしょうか? と、あなたも考えたことがあると思います。もしあなたが教員で数学を指導する立場にあるのならば、何かしらの数学を指導する意義を持った上で指導したいものですね。この記事は、数学を学校で指導する教員の目線で、この疑問を解決していきます。

『数学を考えていたら、頭が痛くなる。』
『数式を見てたら、頭が痛くなる。』

この台詞を、よく聞きます。この台詞にこそ、数学を勉強する本質がある、と思っています。

この訓練を乗り越え、「ちゃんと分かること(ちゃんと分かる力)」が習得できると声を高らかに言いたいと思います。

数学を勉強するメリット

数学を勉強するメリットは、多くあります。他のメリットは、こちらに挙げました。

今を生きることと数学を学ぶこと

数学なんて役に立たないと主張するあなたに対して、 どんな勉強であったら、何ができるようになると役に立ったと言えるのか、何が実現できるようになると役に立ったと言え…

数学を勉強することによって得られること

今回の話題である「数式を見ていたら頭が痛くなる」といった声にフォーカスしたメリットを掲げます。

  1. 知的好奇心をもつ力
  2. 考える力(とくに、分かっていることから、分からないことを組み立てる力)
  3. 論理を追う力
  4. 記号や数式を見る力
  5. 絶対的な真を知る力
  6. ちゃんと分かることができる力(ちゃんと分かるから、良いか悪いかの判断ができる力)

教員は「興味を持って数学を勉強しなさい」「論理的に考えなさい」、「正しいかを自分で判断しなさい」などと授業中に言うことがあると思います。

言うこと自体は、悪くないと思うのですが、これらのスキルは数学を勉強することによって身につけさせることができる能力だと思っています。そして、より高度な数学を学ぶときに、これらのスキルを総動員することが必要となりますそうして、またこれらのスキルを高め、使っていくのです。

数学を勉強すること(このブログの全体像の独り言)

数学が何で必要か?あなたに与えられた道を一歩ずつ進めれば分かるよ。道を一歩ずつずつ進めば、正しいと言われるどんなことにも辿り着くことができる。このためには、まず何をしなければならないか?今までに何を習ったのか、 どのように使えばいいのか、これらを全てを考えればよい。証明にも仕事にも人生にも応用できる。

数学の問題の答えをパッと言われても、その答えが正しいかどうかは分からない。でも、一つずつ計算を確かめていけば分かる。仕事においても、行うべきことに対して、どのようにしていけばよいのか一つずつ考えていけばよい。目的を達成するために必要なことを一つずつ作業していくことを知っておかないといけない。

このような脳の使い方のために練習をする。だから、数学の教師は、数学を現実にどう使っていくかを、生徒に伝え、この目的が達成できるようなカリキュラムを作成しなければならない。もはや受験数学とかは関係ない。脳をどのように使うのか、脳を使う練習はたくさんしてる。現代の数学教育は、脳を使う方向を伝えきれてないと思います。

知的好奇心(数学の勉強のメリット①)

知的好奇心をキーワードとして、数学の勉強のメリットを伝えます。数学の一つの立場、数学の一つの見方を伝えます。

知的好奇心をもつ力

数学へ好奇心を持ってもらうことが最も育みたいことであります。授業を面白おかしく行なっていれば好奇心が芽生えるかもしれません。しかし、その先にある知的好奇心を数学で学んでほしいと思っています。

数学は、現象を見て「何でそうなるんだろう」と考える学問であります。例えば、図形の単元が分かりやすいと思いますが、三角形の内角の和が180度という性質(現象)を聞いたとき、「何でそうなるんだろう」と疑問に思うことが挙がります。

この性質(現象)の背景にどれほど面白い仕組みがあるのかは、万人が興味を持ってきたことです。現象の謎を解明するときに、面白い仕組みを見つけることができたとき、非常に興奮します。

授業では、この知的好奇心をまず与えてあげたいと思っています。数学においても「課題研究や探究」が問われている昨今です。これは「知的好奇心」をもって、 ドンドン興味を深め、好奇心をくすぐり、その仕組みを解明することで達成感を得るという流れを満足することが一つの意図であります。

この考え方は「日々の生活で、小さな目標を自分で決め、その目標を達成していくこと」に似ています。数学を生業にする人間は、数学自体で日々、小さな目標(ときには、大きな目標かもしれませんが)を日々達成することの楽しみに浸っています。つまり、「問題を達成(解決)する幸せを見つける」ことを自分で行うことを実現できます。

数学を勉強する意味を考えてきた経験(知的好奇心)

私個人の話を少し聞いてください。私は、教員という立場として、生徒には数学を勉強する意味を明確に伝えられる人間となりたいと思っていました。若い頃には、誰も、これを教えてくれませんでした。曖昧な答えしか返ってこないことに気づいていました。

なぜ数学を勉強するのかの答えは、案外、身近にありましたが、色々な文献を参照しました。ある程度の答えは確かに見つかりましたが、私の本当に見つけた答えは、「数学を勉強する意義は、学ぶ生徒が見出すもの」ということです。

私たち教員は、数学を勉強させる意義をいくつか持っておかなければならないと思います。それらを学び、それらを組み合わせて、自分に必要な数学の勉強を見出すことが生徒に求められると思います。

生徒自身が学ぶ意義を見出すためには、動機として知的好奇心を抱いていなければ実現しないと思います。

考える力(数学の勉強のメリット②)

考える力をキーワードとして、数学の勉強のメリットを伝えます。

数学を勉強する意味を考えてきた経験(考える力)

私は、数学を教えていますが、数学の勉強が『誰かの役に立つ』と自信を持って指導がしたかったです。ここで伝える「考える力」を育むことの大切さと詳細に気がついたときには、やっと数学(の指導)を他人のために役立てられる方法が分かった、と思えました。

考えて考えて、他人を助けられる方法を創り出すことができる。それは、どんな力よりも凄くないでしょうか。一見無理で解決なんて出来そうも無いことがあっても立ち向かえる。

このような技術を教えられることは幸せ。だからこそ、数学の授業では難しい話だけの一辺倒ではいけないと思います。何故ならば、数学は強靭な思考力を身に付けて、(その結果)好きなことができる学問であって、数学教育は、その練習でもあるから。

数学を学べば、好きに自由に思考を巡らすことができるようになります。だから、(その反面)数学ってめっちゃ難しいんだよ。

数学がこのように役立つということをしっかりと認識させることも必要です。ある程度、学ぶ目的を意識させておかないと、能力が身についたとしても、うまく使えるように転換できない。遠回りになってしまいます。

数学で何を実現したいのか?

私は「勉強する目的」を伝えない授業は、責任がないと思っています。現代の事情を踏まえたり、子どもの多様性を考慮すると目的など不要とも言えるかもしれません。目的の大切さは言うまでもありません。社会に出てからは、 目的のために生きたり、目的をこなすために仕事をすることが、ある程度必要です。数学の学問の性質上、仮説や目的を持って取り組むことは必須であると思います。だから、数学の先生が、何も目的を持たず、何も目的を伝えずに、目的のない授業を生徒の人生経験の見本として大人の背中を見せることはおかしい、と思います。

数学の計算をさせるときに、たしかに、一つ一つの計算に躓いてしまうことも多いです。しかし、数学を教えるときには、一つ一つの計算の方法だけではなく、この計算の連なりを達成することで何が実現されるのか、何を実現したいのか(の目的も)明確に伝えることも大切であると考えます。この両輪が指導においては大切です。このようにすれば、次第に細かい計算は、二の次でできるようになると思います。

考える力

考える力と書きましたが、熟考することについて述べます。

「考える」ということは、結局、今までに知ったこと、知っていることを組み合わせることだと思います。

「考える」ってのは、脳ミソを使います。だから、疲れます。

多くの教育カリキュラムは「学習→勉強→研究」という順番でありますが、何をするにあたっても、初めは何も知らない真似て習うしかないことが分かります。なにも考えずに真似る。そうすると、気持ちが分かってくる。これが学習であります。(ある意味で受動的です。)

勉強は、自分で相手の気持ちを能動的に考えることから始まると思います。授業であっても、読書であっても、真似をすることは一つの手ですが、それだけでは分からないことを勉強することで身に付けなければなりません。このときに、自分の力で考えられるために「考えること」をしなければなりません。

そのためにも、考える練習をしなければなりません。一方で、このためには、新しい高度な技術を学習していく必要があります。例えば、いつまでも同じパズルをしていると飽きますが、より難しいパズル、よりヤリガイがあるパズルをしていく必要があるのと同じです。頭の訓練をしなければなりません。こうすると頭が痛くなります。しかし、これを乗り越えると頭がよくなる!訳です。

勉強するときには、集中すること、考えることが必要です。これらは似ています。考える中で、今までの知識の中で必要なものを集中させ答えを導き出す、この頭の使い方が、数学を考えるために必要です。

集中しなくとも考えることができる人はいます。これは、無意識に集中できているからだと思います。集中していたら疲れる。考えていても疲れます。しかし、慣れれば、いつまでも考えることができます。

集中することも、数学を勉強することで鍛えてほしい能力の一つであります。集中しようと思って集中しても、どう集中すればよいのか分からない、どの知識に集中して思考を巡らせればよいのか分からないと、何もできません。集中しても無意味だし、そもそも集中できません。だから、集中することも勉強の結果として習得してほしいことの一つとなります。

集中することを習得させることだけが究極の目標でもありません。集中させることを鍛えるのであれば、普段の授業を聞かず、基礎も知らず、テスト前だけガァーと勉強して満点を取る生徒が最も素晴らしいことになります。こうは思いません。持続性や、考え続ける力も、やはり持ち合わせる必要があります。「考える」と言っても考え続けること、考え抜くことが大事であると思います。つまり、熟考することができるようになってほしいです。

考えることと集中すること

先ほど述べたテスト前に一夜漬けで勉強をする生徒。実は、私は、「テスト前の一夜漬けでしか勉強できない子」と考えています。こういった生徒が多いです。「集中しなさい」と指導される。「集中する」ことしかしていません。集中することはできています。

もっと考えさせる練習をしなければなりません。もっと考え抜く練習をさせなければいけません。持続して考える、その中で集中することを普段の授業、日々の勉強で育んでいないと、熟考することができるようになるわけありません。考える力を育む順番を見失ってほしくはありません。

数学の問題に対しての標準的な考え方は次となると思います。(この項目については、G.ポリアの「いかにして問題をとくか」が大きな参考となるでしょう。)私なりの(簡潔な)順番で伝えます。

  1. 課題や問題を 100パーセント理解する。例えば、問題を見ずに、問題を説明することが出来ることも含まれます。
  2. 今までに知っていることの中から何が使えるのか思い出してみる。これが考えると言うことの一つの表現だと思います。
  3. 答えを見つける。新しい結果を出す(これが考えることによる創造です)。

このように思ってみると、自分で考えたと言っても、先人の知恵を使ったわけことに気付かされます。さまざまな人に助けてもらってることに気が付きます。もちろんですが、感謝する気持ちが芽生えてきます。この感謝と考える力を身につければ、目には見えない力が身につきます。

考える力は、教育によって伸ばすことができる力です。考える力は、自然に成長する力かもしれませんが、もっと伸ばしたいと思います。知識は考えることの源であり、考えることが知識を産むと思っています。

分からないことが分かること

考えているときには、何が分からないのか分からない、という状態に陥ってしまうことがあります。

分からないことが分かれば、その問題は解決したようなものになります。つまり、「問題意識を明確にすること」ができたと言い換えられます。集中する対象を定めることができたということとも言い換えられます。見つけた問題に集中すれば問題は解決します。

あと、必要であることは、「他人の気持ちを考えること」が挙がります。生徒に「授業」で身につけてほしいことが「人の気持ちを考える力」です。数学の問題の意図と言い換えられるかもしれません。目の前で先生がどんなことを喋りたがっているのかを察することをしてほしいです。

我々教員には絶対に伝えたい事柄を持ち、絶対に伝えたい気持ちを持って授業をすることが重要であるとも言えます。何を伝えたいかと、伝えたいと言う気持ちを強く持てば意図は伝わります。

授業の流れを上手くしたいというときは、伝えたいことを明確にすることが大切です。意図を汲み取りやすい授業をする必要があると思います。さらに言うと、教員が自身の考えていること、伝えたいこと、なぜ伝えたいのか、どう役に立つのかが明確なのであれば、生徒の目の前で話すだけでも伝わるのだと思います。先生は、「お話」をするだけで良いと思います。皆が先生の気持ちを汲み取ってくれます。

こういった積み重ねで、生徒は意図を汲み取る練習をして、問題の分からない部分を定めることができ、その点に集中して考え、熟考するスキルを身につけることができるのだと思います。熟考できれば、思いもつかなかったことを確かめたり、想像したりすることが可能となります

論理を追う力(数学の勉強のメリット③)

論理を追う力をキーワードとして、数学の勉強のメリットを伝えます。

論理を追う力、整理する力

数学は、一つ一つの問題ができることが最も重要なことではありません。一つ一つの知識が分かった上で、習った知識を整理し、どのような時に使うのか判断することができるようになることが最も大切なことです。

数学は積み重ねの学問なのです。まとめる力、整理する力と言えるでしょうか。数学は、ただ単に、知識を教えているだけでは、必ず失敗します。高学年に進むほど勉強が難しくなる理由は、知識として難しくなるのでありません。今までの知識を上手く使えるかと言う部分が問われるようになるからです。今までの知識を上手く使えるかという部分が養われているかということになります。

高校の教科書に書いてある内容で非常に簡単な計算だから、これくらいはできるだろうと思っても、できない生徒がいます。これは、先生の言っていることが分からないというよりは、その数学に至るまでの(些細だと思われるようなことの積み重ねの)バックグラウンドの欠如が大きいのだと思います。小学校や中学校で学ぶ何気ない「数字の感覚」や「図形の感覚」といったものが無いのだと思います。

数学を人に伝える力

基礎はできるけど、応用ができないと言う生徒がいます。応用力を養うことが勉強の一つのあるべき姿です。応用ができるように順番を付けて指導をする必要があります。

普段の授業で数学はできるけど、試験では得点を取れないと言う生徒がいます。一問一問の理解は良いけども、たくさんの知識を覚えれないという子のことです。数学では、多くの知識を整理する力が必要です。(ユークリッドという人物から始まる大偉業であり、数学の醍醐味の一つです。)

これらのためには、自分で考えたことを人に話すことが、大事なことの一つであると思います。自身の頭の中にある知識を主体的に整理しながらアウトプットする練習となります。数学は、まさしくこの勉強であります。テストを解いて得点を付けられることは、自分で考え、考えた結果を人に伝える練習であります。

数学を習うのは、この考え方を身に付け、伝え方を習うことでもあります。人に口頭で伝えるのは、鉛筆でガリガリと計算することよりも難解なことです。考えること、伝えることの練習として数学を話すことを聞くのであれば、その道中で失敗しても間違っても笑うことなんて一切してはいけません。数学に熱心になれば、自発的に自分で考える練習ができることも忘れてはいけません

記号を使う力(数学の勉強のメリット④)

数学の勉強の一つの目標は、数式に意味(ココロ)を見出すことであると思います。これは、数学を専門に扱う職業の人には当たり前のこと、当たり前すぎることです。ポイントとしては、どんな数式であっても、その数式を知らない人には、何の意味もなさないということを、教える側は忘れてはいけません。

与えられた数式が、どう言った意味を持っているのかを認識することが大切です。意味を認識しなければ、腑に落ちた実感も得られません。新しく習った数式について、計算の練習だけを頑張り続けても、その意味は見果てぬ夢となってしまうかもしれません。文脈の中で数式を利用することが大切です

記号や数式の意味が分からないと、数学が分からない大きな原因となります。なぜでしょうか。数式の奥にある真理を見失ってしまうからです

数式や記号は、他人が勝手に作った記号であることを忘れてはいけません。我々は数学の世界の真理を勉強しているのですが、ときに、数式や記号を知ること、手段を目的にしてしまっています。真理を写す鏡が難しければ、分からない。真理を見つけ出し、記号や数式を生み出した人の気持ちは丁寧に説明をしないと分かるわけがありません。

似ている記号を混同してしまうことは、初学のうちに多いです。見間違いではありますが、いろいろな記号があることを意識できていないことが大きな理由です。似ている記号を、区別できないのではなくて、そもそも違うことはないという心理で、一緒のものと見てしまう訳です。

だから、教員としての解決策は、似てて違う記号へは区別を意識して伝えることが挙げられます。こういった指導に注意しないと、数学の真理を教えていても、その世界を写し出す鏡を教えることを目的にしまい、本末転倒することになります。

真を知る力(数学の勉強のメリット⑤)

数学では、絶対に真であるということを見出すことができます。証明をすることで、真であることが正しいと識別することができます。

例えば、自分自身で計算をしっかりと確かめたり、証明を追って文言を確かめることを丁寧にやれば、この答えは絶対に正しいと言い切ることができます。

数学をするためには、隅々まで考え尽くすことも必要です。推論を重ねて、真であることを導く。このためには、完璧な議論をしなければなりません。

本当に正しいかどうかを見極めるために、計算や証明、議論の骨格を見つける必要があります。骨格を見据えて、間違った部分を削ぎ落とし、曖昧な部分を改めて、精確に話を進めることが求められます。

数学は、ちょっと勘違いしてたら、どこかで間違ってしまいます。ちょっとの勘違いを改めることを繰り返していくと、頭の中がクリアになっていきます。頭の中が明瞭になると言う感覚が身に付いてきます。

数学が得意な人は、「自分が分かっていないという状態」が分かります。自身の理解度について完璧ではないと思うとき、何かが分かっていないのだと知っているのです。数学は完璧の尺度を教えてくれます。現実社会で完璧なんて無いことは忘れてはいけませんが、完璧なモノの見方を知っていると、現実社会に一つの道筋を出すことが得意になります

これらのためには、計算や証明の議論、推論を重ねて、正しい結果を導く練習をしなければなりません。数学では曖昧さは許されません。 このような訓練は、仕事や人生には、必ずしも正しい答えなんてないのだけれども、最善であるような答えを導くための最高の練習になると私は信じています。

ちゃんと分かること(数学の勉強のメリット⑥)

この記事で最も伝えたいことを、ようやく伝えることができます。

ちゃんと分かることには、膨大な時間が必要なことを忘れてはいけません

計算は分かるけど、よく分からない。あなたも感じたことがあるはずだと思います。また、なぜ、この計算をするのが良いのかも分からないことがあると思います。

これは、今までに習ったことを文脈の中でどのように利用しているのかを理解していないからです。ここが見えていないから分からないのです。この部分に熟考することができていないのです。

証明で言えば、自分の知らない知識で証明をしているのと同じことです。分かったつもりとなっている知識、一見で納得しているだけの知識(つまり、自分の中で真だと完璧に見出せていない知識)で証明をしているから、得られた結果も、よく分からない知識となってしまう。

こんなときにこそ、自身がよく分からない部分を見つけて、その部分を理解する試みを実行すべきです。

この積み重ねをしていき、初めて、ちゃんと分かったという体験を得ることができます。ちゃんと分かった経験は、己の幹となり、知識体系を形作ることとなります。その体系の主軸があれば、数学以外の物事を考えるにあたっても、一つの判断基準、一つの見方として利用することが可能となります。

数学の勉強のメリットのまとめ

数学をちゃんと分かるための努力には、考え抜くことも含め、膨大な努力が必要であることを伝えました。しかし、その努力の暁には、自身に強固な知識体系を創り上げるができ、その知識体系は、数学以外の物事に対しての判断基準、見方とすることができます。

なんでこんなことを勉強しないといけないのかと思うかもしれません(生徒に言われるかもしれません)。その答えとして、大人たちは「勉強って大変で、世の中に出たらもっと大変なことがあるから、その練習をしておくためだよ」と言います。この回答は具体的では無いけれども、ほぼ正解だと思っています。分かりやすく言い換えると、自分で考える練習を勉強を通して練磨するから、世の中でも対応できる考える力、ちゃんと分かる力が身につくのだ、と言えます。

数学は「本当に分かる」ことの練習のために教育で用いることができます。社会では、相手の気持ちを普段の会話から仕事においてでも分かる必要が出てきます。これは字面だけを見て分かることではありません。数学をやっていれば他人の気持ちが分かるかというと、そうではない部分が大きいかもしれませんが、何かを心の底から分かっておくということ、自分で納得してちゃんと分かっておくということの体験は、非常に有益な経験となります。

きちんと考えて、納得して導いた気持ちの共感は、コミュニケーションなんかとは比にならないくらいの心の会話となります。例えば、歌手の歌をアレンジするときには、歌い手の気持ち、その音楽を作った人の気持ちを全身で納得する必要があります。そうすれば何も矛盾がない素晴らしい歌にアレンジできます。他人の歌でも自分の歌として歌える訳です。数学を自分のものにするのは、こういった感覚です。ただし、身に付けるまでには膨大な時間が必要であります。

数学ができる人は「考えれば分かる」と言います。これは、その人が今まで「分かるまで考えてきた」から、このような発言に至るのだと思います。この台詞は、数学を質問された時の答えとしては相応しくないと思います。

数学が分かると言うことは、論理を整理し、記号や数式の意味を見出すことことであります。何かよく分からないことがあれば、それは本当には分かっていない言うことです。また、これらをまとめて説明できると言うことも必要な要素です。

「分かったことを納得できる」、ここまで至り、はじめてちゃんと分かったことになる。繋がりを意識できるようになったと言うことです。

長い文章でしたが、ここまで、お読みいただき、本当にありがとうございます。

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